森の協働ネット代表・森林塾塾長 農学博士 小澤普照
まえがき
半年ほど前のこと、四国は高松に住む友人から便りをいただいた。
現在彼は経済関係のシンクタンクに勤務しているが、元は財政関係の中央官庁に勤務していた人である。
彼は最近、仕事の傍らサンデー林業に励み逐次玄人裸足の域に近づきつつある。
筆者のように、森林・林業専門の官庁に長年勤務した後も森林関係の仕事に携わりながら、林業の活性化が思うように進まないことに、やきもきしている人間から見ると、サンデー林業の面白さを事ある毎にPRしてくれる友人は誠に頼もしく、かつ有り難い存在である。
一方、テレビの討論番組などを見ていると、ニートの皆さんにどう社会活動参加をしてもらうとか、あるいは団塊の世代をどう取り込もうかというような観点からの議論が増加している。
かくいう筆者も、経済効率の低い林業の建て直しや地域産材の利用向上に関し、団塊の世代の皆さんに、林業に参入していただき、地球環境の改善にも貢献する森林持続運動に加わって有意義な人生を過ごしていただきたいと考え、「森林塾」活動などを通じて意見交換も行ってきたところ、考え方の大筋は間違ってはいないと思うものの、いざとなると幾つかの問題が横たわっていることもわかってきた。
よって本稿では、問題点や打開策について私見を述べさせていただき話題に供することとしたい。
1)傍観者を減らし、行動する人間を増やす
森が荒れている、森林が荒廃しているという、もう少し具体的に掘り下げてみると森林所有者はいわゆる不在村となり、経営を放棄する人が増えたという。
経営意欲の減退というような表現も聞かれる。
しかしその実態に迫る機会は簡単には来ない。ところが最近長年のサラリーマン生活の定年を迎え、真剣に林業に参入してみようと考えている人に出会い話を聞いてみた。
聞かされた話というのが、自分の持ち山に行ってみたところが、つる草が生い茂っている上、蜂が飛び交っており危険で入るに入れない情況だという。
折角育てたスギも売り物にならず、経営意欲を喪失する人も居れば、意欲はあっても自分の山にも入れない人もいる。
結局、理由はいろいろあろうが、傍観者への道を歩む人が増え続けていることは間違いない。
林業に限らず、他の分野でも似たような現象が生じているものと考えたい。
ニート問題などもテレビ討論を視ていると、働かない、あるいは働きたくても働けないという情況に関しては、理由はいろいろあるとしても、結論は働いていないということである。
小池百合子環境大臣の提言でニートの森林作業への参入の話があった。
誠に同感、大いに歓迎したいと思う。
また団塊の世代の皆さんにも地球環境問題や林業への参加を期待する声もあり、大いに賛意を表するものである。
現実はそう簡単ではないことは確かであるが、いろいろな立場の人々の協働が得られれば、可能性への期待も膨らむというものである。
そこで筆者自身も先ず行動ということで、一年前、郷里の新潟県上越市に「森林環境実践塾」を開塾した。
当地は数百年に亘る米つくり農業地帯であり、かつスギを主体とする屋敷林地帯である。
屋敷林は、長年冬期間、強い北西風を伴う吹雪から家屋をまもり、また住居の改築時には木材を供給する機能を有してきた。
ところが最近、その機能は殆ど崩壊した。防雪機能については、温暖化の影響か、短期的変動はあるものの降雪量は減少しつつあり、建築様式も変化を遂げ、必ずしも防雪林を必要としなくなってきている。また、住宅建築に屋敷林の樹木を伐採して利用することは、非常にハイコストを伴い現実的で無くなってきた。
そこへ、さらに新しい問題が生じてきた。
利用されなくなったスギの木が、年々成長を続け大木となり、喜んだのも束の間、2年ほど前の冬、突如として強風が吹き荒れ、大木が住居に倒れかかるなどの情況が生じ、スギの大樹は今や危険物視され、急いで伐採する人達が増加した。
しかも伐採したスギは、引き取り手がなかなか無いうえ、大量の枝条は、ゴミ処理にまわされることになり、形ばかりの木材代金を大きく上まわるゴミ処理費などの予想外の出費負担が生じている。
この事態に対処するには、自分で処理することができれば良いわけである。
方法としては、炭に焼く、薪にするなどが誰しも思いつくことであろう。
そこで先ず、炭焼きに挑戦してみた。市販の移動式炭焼き窯で誰が焼いても失敗の無いものもあるというので購入に踏み切った。
値段は、本体30万円強、付属品をいろいろ購入すると40万円近くなる。
もう少し、安く出来ないか、しかも格好良い仕上がりと考え、耐火レンガを使った手作り窯を作ってみた。何人かの人達の協力を頂いて、10万円くらいまでの範囲でまずまずのものが出来ることがわかった。
もっと簡単にということになると、ドラム缶利用の炭窯が良いという話であるので今後試みたいと考えている。
薪として利用する場合、或いは間伐材で炭を焼く場合、丸太を小割する必要がある。
力仕事ではなく、しかも安全にということになると、電動油圧式薪割り機ということになる。
小型のもので中国製のものが、3万円から5万円くらいで購入可能である。
5トン荷重、52センチ長、25センチ径まで薪割り可能という機械を約5万円で購入して使ってみた。
スギなどの針葉樹は問題なく割れる。ケヤキなどになるとちょっと手強いということがわかった。
大抵の木は問題なく割れますということになると30万円くらいのランクの機械になるようである。
いずれにしてもこれらの機械類は結構実用的であるといえる。
2)地球温暖化対策との関連
最近の新聞記事で「森林を油田に変える」という見出しが目を引きつけた。
内容は、バイオエタノールの話で、岡山県真庭市のバイオエタノール実証プラントで実験が進んでいるという。
原料はヒノキの木くずで、これを硫酸で処理し、酵素の入ったタンク内で分解する。分解でできた糖を改めて酵母を混ぜて、発酵させてエタノール(アルコール)に変えるものである。
この間、約4日とのことである。乾燥重量1トンの木くずが230キログラムのエタノールになるという。
因みに、筆者が上越市で試みた炭焼きの結果では、昨年伐採し、かなり乾燥したスギ材40キログラムから木炭8キログラムが約20時間で得られた。
記事の締めくくりでは、ヒノキのチップを集めるコストが一番の課題で日本では山から木をおろす人件費が最もかさむとの解説である。
最後がこのような話になってしまうといつまでたっても問題は解決しない。
数千万円、数億円かかるプラントを増やす政策も必要であろうが、同時に数万円、数十万円の価格で個人や小グループで利用できる低コスト型の装置が欲しい。
これが実現すれば、農林家にも団塊の世代にも新エネルギーづくりに参入して貰えるのではないか。
自分でエネルギーを作りだして自分で使う。あるいは、小規模なエネルギーでも買い取って貰えるということになると、やる気が湧いてくると思う。
木質ペレット製造などでも同様で、プラント一式は高額で素人には手が出る価格ではないという。
最近は価格が下がってきているという話も聞くが、この問題は関係者のご努力に期待したい。
燃焼装置としての、ペレットストーブや薪ストーブも最近は、低価格・高性能の良い物が作られているようであるから、あとは普及、広報の世界である。
3)地域協働の環のなかで
平成4年(1992年)の地球サミットで、カナダ政府が提唱した「モデルフォレスト運動」がその後世界各国に広がり、わが国でも、ついに京都府が山田知事のリーダーシップで、本年いよいよ本格的な立ち上げによる活動が開始目前に迫っている。これまで筆者もここ3年ほど少々のお手伝いをさせていただいた。
この運動は、今までの森林・林業行政施策とは一味も二味も異なるものである。
産官学にNGOも加わる、真に地域総ぐるみの森林及び環境の持続運動である。
わが国でいえば、長らく定着していた社会の縦割り構造に風穴をあけ、地域の企業・産業、大学
・研究機関、行政組織、NGO(市民)などが総ぐるみで活動して、地域の環境を保全しながら資源循環を確実に、持続的に行おうとするものである。
基本となるのがパートナーシップである。
地域を共有しているとの基本認識に立つことによって、有力企業と大学やNGO組織とがパートナーシップを形成し、新たな活動を行うことになる。
具体的には、企業は資金や人的資源を提供し、大学や研究機関と提携して森づくりはもちろん、森活かし、自然との共生、CO2の吸収や削減へのチャレンジなどを行うことに務める。
京都では、社団法人としての「京都モデルフォレスト協会」の設立を目指して準備が進められているが、このような組織が実現することで、企業、大学、NGOなどがメンバーとなって協働による活動が展開されることになる。
筆者が期待していることの一つに、大学における社会人及び定年後の人材の知的・技術的トレーニングの付与がある。これによって森林・環境分野への人々の実質参加が可能になる。
同時にまた、これらの人材は、小型低廉ではあっても高性能な装置や機械を駆使しての向社会的な森林活動を支える有力なグループになることが可能である。
概して欧米人は、家の補修でも家具づくりでも庭の石垣づくりでも自分でやれることは、自分でやるのが当たり前のこととして身に付いている。
筆者の知人のフランス人の元フォレスターもその一人で、ホームステイをして実際の生活を確かめることが出来たが、植林、家庭菜園、薪割り、狩猟、釣り、日曜大工何でもこなすことができる。
したがってガレージに付属して工具などを備え付けた立派な作業場も持つという暮らしぶりで、住所も林業の本場であるナンシー住まいから、定年後は思いっきり離れたブルターニュの大西洋岸に引っ越し、田舎暮らしを満喫しているという徹底振りである。
もちろん庭の芝刈りも二千平米ほどあって広いことから小型ではあるが乗用の自走式芝刈り機を備え、訪ねてきた娘さん夫婦でも先ず芝刈り作業が挨拶代わりの趣で、観察していると隣近所も大体朝から午前にかけて庭仕事をしている人が多く見受けられた。
このようにして機械類についても定年後の人達による需要が作り出されていることも理解できた。
わが国でもこのような生活スタイルが増加しそうな予感はあるものの、ただ漫然と待っていても実現するとは思えないので、いわゆる地域協働によって生み出すべきだと考える。
油圧式の薪割機を購入しようと思い、東急ハンズやホームセンターに行ってみたが、チェンソーなどは売っていても薪割機は売っていなかった。
結局インターネット市場で購入し、愛媛県から新潟県に運んでもらった。
そういえば小型の移動式炭焼き窯は、東大阪から運んでもらったが、遠距離でも何とか入手できるようにはなってきているが、やはり直接自分の目で見て確かめる楽しさもあるので、わが国でも、森の駅や、森のホームセンターに行けば薪割機はいうに及ばず、小型製材機、炭焼き窯など何でも手に入るというような場所があっても良いと思う。
ドイツのミュンヘンで開催された林業機械展示会を訪問したとき、あらゆる林業機械類から林業ファッションまで、東京でいえば、丁度神宮外苑あたりの都心で開かれているのをみて強烈な印象を受けた。
むすび
いずれにしても、最近のわが国での国産材の利用をみても若干持ち直して来たといわれてはいるが、森林面積はわが国のそれの4割程度のドイツが逆にわが国の2倍の国産材を使用しているようである。
また温暖化対策にしても、観念論は浸透していても、自らの行動によってCO2削減のライフスタイルを実践している人は必ずしも多くはない。
このような情況を打開するには、議論ではなく行動する人を増やし、同時に幼年時から体験やトレーニングを積み重ねる必要があると思っていたところ、似た考えを持つ人達が大勢存在することもわかってきた。
そこで最近、すなわち平成18年6月、森林塾など12のグループ及び30名ほどの、語り部、アドバイザーに加えて、企画・情報・広報などのスタッフ部門志願者などの個人参加者からなるネットワークを結成したところである。
「森林環境に熱心な日本人をつくる」、「森林が好きな人を増やす」を目標して掲げ、名称は、「森林環境協働ネットワーク」とした。略称は、「森の協働ネット」としているが、さらに短縮したい人は、「森協ネット」と呼んでいただいても良いと考えている。
幸い、ホームページも将来は、かなり巨大になりそうであるが、太っ腹の支援者も現れ、活動情報を発信していくこととした。アドレスは、http://www.infowood.jp/ ということで皆様のご訪問をお待ちする次第である。
ネットワークの運営については、全国ネットでもあり、難しさもあるが、走りながら考えるということで設立総会はご了承をいただいたところである。
今後、同じ志を持つグループや個人の参加は心から歓迎申し上げるとともに、ユニークかつ向社会的なグループを新たに作って活動したいという方が居られたら出来る限りのアドバイス等の支援は惜しまない積もりである。
また語り部やアドバイザーによる着実な活動と同時に次世代人材の育成を心掛けていきたい。
さらに京都モデルフォレスト運動のような地域協働活動と連携を深めて参りたいと考えているところである。
今後における読者諸賢のご支援をお願いする次第である。(平成18年6月30日記)
注、本稿は「木工機械」2006.7 No.203(平成18年8月発行)掲載されたものである。